井戸端監視カメラ



暇潰し連載 「中村春吉 自転車世界無銭旅行 その14」

暇潰し連載 「中村春吉 自転車世界無銭旅行 その14」_c0189724_2185292.jpg

京都発、自転車地下組織フリーペーパー、
「ビチクレティスモ・デラ・アナルキア」
第3号、ドロップです。

ただ、中身はもう殆ど・・・自転車と関係無い事に。
今回は主に「グァテマラ」についての記事ですが、
書かずには居れないほど、
グァテマラでの経験は面白いモノだったのでしょう。

年末の暇潰しに、欲しい人は取りにおいでませ。


で、今日も春吉参りましょう。
春吉、やっと船を下ります。


(14)雷男の異名(船員の諧謔(冗談)




東洋館の宿賃は、主人の好意でタダとなり、
梅屋君はわざわざシンガポール行きの乗船切符を買って来てくれたので、
これは天の恩寵とばかり、僕は快くその好意を受け、
一同に厚く謝意を述べて歓迎会を出ると、
人々は海岸まで見送ってくれました。

汽船 丹波丸は、まだ当港に碇泊しており、
数時間後にシンガポールに向て出発する準備も出来ていたので、
僕はまたもや、同船の最下等船客となった。

梅屋君には、せめて欧米人最下等室になさい、と言われたのだが、
無銭番長は、断じて最下等以外には乗らぬ、と頑張ったのです。



それにしても、僕は三度まで同じ丹波丸に乗り込む様になったのが不思議でならない。
人間の前途には如何変化するか分からぬ物ですなぁ、
元々僕が日本を出る時の計画では、横浜から上海を経て香港に渡り、
海を越えてマニラに行き、それからシンガポールに移ってオーストラリアに赴き、
オーストラリアを一周して、南アメリカに出る積りであったが、
香港まで来ると、オーストラリア行きを見合わせて、
日本を出た時と同じ船に再び乗って、すぐシンガポールに行く事に変わってしまった。

そして、この後僕はシンガポールよりインドに入り、
カルカッタから大陸を横断してムンバイに出て、
車輪を北に向けアフガニスタンに進入するつもりだが、
その旅程がどう変化するか分からない。



沢山の旅費を持って、真面目くさった旅をするのでは、
なかなか僕の様なのん気な事は出来ませんが、
僕は風来坊だから、自分の便利に従って足の向く方へ進む事が出来る。

今度の旅行は、何でも良いから無銭冒険的に、
自転車で世界一周をすれば良いのです。



しかし、僕が香港からオーストラリアへ渡る積りで、
一同に暇乞いして上陸しながら、またまたヒョッコリ帰って来たので、
船中の人々は不思議な顔をして、どうしたどうしたと尋ねます。

僕はただ笑って居ましたが、中でも丹波丸事務長の高田君、
事務員の木梨君の両人は、船中でとても懇意になり、
友人の様に付き合っていたものですから、
高田君は舷梯を昇って甲板上に立った僕を見て、
「やぁ君、如何して帰って来たのだ?オーストラリア行きは見合わせたのか?」
と問うのに対し、
「勿論、見合わせたから帰って来たのだ。
 これからシンガポールへ行き、インド大陸を横断する積りだ。」

と、答えると、事務員の木梨君は横から口を出し、
「君は雷男だ。」と笑う。
「何故か?」と僕は不審顔。
「何故もくそも、何処へ落ちるか分からぬからさ!」
とは、あまり上手くも無いオチでありますな。



「何にしろ、これからまたシンガポールまでご厄介になるよ。」
と、僕は最下等の切符を出して見せると、高田、木梨の両君が、
鼻の頭に小皺を寄せて言うには、
「嗚呼・・また最下等の切符でござるか。
 僕等は船員ながら、あの臭い汚い船の底へ下って行くと気持ちが悪くなる。
 あの豚小屋同然の場所に、3日も4日もすっ込んでおったら、
 元気も何も無くなってしまう。君はよく我慢出来るね。
 いや、さすがの君も、余程閉口したと見え、大概は甲板に出ているではないか。
 だが甲板上で朝から晩まで潮風に吹かれて居っては堪るまい。
 さりとて豚小屋的船室に閉じ篭って居るのは、なお堪るまい。
 よって、僕等の取り計らいで、甲板上のどこか綺麗な部屋を空けておくから、
 君はそこに来ていたまえ。」

と、親切に言ってくれる。


その親切は有り難いが、僕は手を左右に振ったのです。
「それは御免をこうむる。
 僕は無銭旅行だから、最下等でも充分過ぎる。
 僕は最下等の切符を握っていながら、
 こっそり綺麗な部屋へ忍び込む様な事は嫌でござる。
 なるほど、最下等は豚小屋も同然、誰でも気持ちが悪くなるだろう。
 そこに気がつかれたのなら、船員たる君等は、
 公益の為、何故その改良に奔走しないのか。
 僕の如き、身体強健なる者は、甲板に出て新鮮な空気を吸う事が出来るが、
 甲板に出る事も出来ぬほど虚弱な、婦人や老人は、
 臭い汚い船の底の方で、ゲロを吐いて泣いていますぜ?
 なんとも可哀想ではありませんか。
 人間は天より同等の権利を享けて生まれて来たのに、
 ただ金の有ると無いのとの違いで、
 一方は栄耀栄華を極めて威張りちらし、
 一方は地獄の様な所で半死半生の有様となって泣いている。
 僕はいつか大金を儲けたら、有りっ丈の金を撒き散らして、
 この不公平な社会に大反抗を試みる積りだが、今は無銭である。
 無銭の間は、むしろ地獄の仲間入りをしている方が愉快である。
 もし強いて僕に綺麗な部屋へ行け、と言うなら(誰も言わんっつの!)
 僕は最下等でゲロを吐いている人々、数百名を引っ張って押し掛けますぞ!」

と言うと、高田君も木梨君も僕の議論には大賛成の様でしたが、
そこは船員だけに、数百人の下等船客に、綺麗な部屋を乗っ取られては堪らぬ、
と、急に両手を振り、
「じゃぁ止めだ止めだ!どうにも君には閉口してしまうよ。」
と、大いに笑ったのです。僕も大いに笑いました。
そこで僕はやっぱり、甲板上で寒晒しのお客様!ってなもんで。



その内に汽船 丹波丸は香港を出発し、シナ海上をはしる数日の航海中、
天候穏やかな日もあれば、風波凄まじき日もあり、
ハイナン島を右に眺めて、トンキン湾頭を通り、サイゴン沖を経て、
ナチユナ群島の間を過ぎ、ついにマレー半島の先端 シンガポールに着いた。

その間僕は、綺麗な部屋にこそ入らなんだが、高田、木梨の両君から、
一方ならぬ優遇を受けたのです。



船がシンガポールに着いて、いよいよ別れる段になったが、
両君はどうにもこのまま別れるに忍びない、と言うので、
僕と共に上陸し、海岸にある景色の良い料理屋に僕を案内し、
そこで送別の宴を張ってくれたのです。

その料理屋はなにもかも日本風で、料理も日本食、
お刺身やらお吸い物やら、なかなか美味かったです。

日本を去る事、千里に近いこの異境にあって、
よくこんな日本料理が出来ることよ、と僕はつくづく感心しましたが、
それもそのはず、この地には夥しい数の日本人が居るのです。
さぁ、どんな人がいるのであろうか?これが疑問である。



そんなこんなでご馳走の終わった頃、僕等の居る料理屋にやって来て、
しきりに僕の事を探す一人の日本人が居る。
はて?何だろう?僕はこの地に知り合いは居ないはずだが、と、
早速呼んで会ってみると、やはり初対面の人だが、
その人はこの地に「日新館」なる日本風の宿屋をやっている、
堀常七君という温厚な人物で、おそらく高田、木梨の両君が、
僕の来た事を密かに知らせていた為、すぐに会いに来てくれたのだろう。

堀君はしきりに自分の宿屋へ来てお泊まりなさい、と僕に勧める。
無論、僕が無銭番長なる事はご存知で、宿賃はけっして要らないから、
と言うのです。

高田、木梨の両君も、堀君の所なら遠慮は無用、
いつまで泊まっていても構わない、と勧めるので、
僕はこれも天の助けと信じ、高田、木梨の両君と別れた後、
堀君に連れられて、その宿屋に行ったのです。



高田、木梨の両君は、僕と別れて船へ帰り、
船はその翌日シンガポールを出発し、ヨーロッパに向かって、
なおも航海を続けました。

もう汽船 丹波丸へ乗ろうと思っても、乗る事は出来ぬ。
さぁこれから僕はどうするか・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

続く。
by kaleidocycle | 2010-12-27 21:13 | 暇潰し読み物
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空井戸サイクル

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