井戸端監視カメラ



暇潰し連載 「中村春吉 自転車世界無銭旅行 その10」

ピリピリしております。  精神では無く、足が。

先々週に山でスッ転び「足痛い~足痛い~」と泣き事を言いながらも、
まぁザックリ1週間もあれば、ハイ元通り!と考えていましたが、
そんな予定通りにも行かず、未だ正座が出来ないという体たらく。

そんな私、ホイル組む時は正座で組むのですが、
正座出来ないこんな時に限って、何故か毎日ホイル組み作業を頂いたり・・・。



と、そんなこんなで、年末近付き、暇も少なくなって来た中での、
「暇潰し連載 自転車世界無銭旅行」ですが、
お陰様で大好評!なんて事は無く、反対に「読み辛いからやめた方が良い」という、
至極真っ当な意見を(複数・・・)頂き、遠い目をしてしまいます。

一応確認で、読んでいて、続きも読みたい人はメール下さい。
本文に「春吉」の一言でOKです。
それでは懲りずに本日も春吉参りましょう!

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(10)汽船丹波丸(悲壮の決別)








船は日本郵船会社の丹波丸、時は明治35年(1902年)2月25日の午後1時、
いよいよ無銭冒険自転車世界一周の目的を抱いて、
日本横浜港を出発する事になりました。

僕は身支度万端、整えて、
―とても奇妙な格好だと笑った人が沢山居ましたが、僕は特別変な格好だとは思わん、
 むしろパッと見ただけで冒険世界一周の旅人と分かり、極めて気が効いている風ではないか、
 と、密かに得意で居ったのです。―

親切な福井一家の人々に別れを告げて門口まで出ると、
門口には、僕の忠僕たる自転車君がチャンと待って居ました。



門口まで見送って出た福井一家の人々は、その自転車を見ると、
おぉ、中村君の自転車は運送船の様だ、とか、
ラクダの背の様だ、とか色々の批評を下しました。

なるほど、そう言われてみるとそうだ、僕のランブラー式自転車には、
その車輪を除いて、物の縛り付ける事が可能な場所には全て、
隙間も無く様々な旅行道具が縛り付けられてある。

下関を出る時にはこんなに無かったのだが、
横浜に来てマゴマゴしている内に、アレも要るコレも要ると、
考え出してはチョクチョク集めて来たのが、
こんなに沢山になったのです。



まず、その旅行道具と言う物の名を挙げて行くと、
革鞄一個、中には生米一斗二升、砂糖、食塩、うどん粉、梅干し、かつお節、
高野豆腐、ロウソク、キナ塩(抗マラリア剤)、ヨードホルム、石炭酸(フェノール)
包帯、絆創膏、麻糸、畳針などが入っている。

角灯(ランタン)4個、天幕1張、敷物1枚、吊網1個、蚊帳1張、鹿毛皮1枚、空気枕1個、
細引き3丈ばかり(ロープ、約12m)、以上の重量合計約21貫5,600目(約80kg)、
それに僕の体重を18貫目(約68kg)として、自転車ランブラー君は、
大凡40貫目(150kg)の重荷を載せて走らねばならんのです。

そんなに重荷を載せての世界一周の長い旅行に、
果たして自転車は耐え得るのだろうか、と皆疑った。
それに対し、なぁに大丈夫です!と僕はきっぱり答えた。



ところで、僕がまさに福井屋の門口を立ち去ろうとすると、
一同は手を挙げ帽子を振って、別れを惜しむ声の中から、
老主人の忠兵衛君は何を思ったか、小走りに走り出て、
「おい、中村さん、ちょっとお待ち。」
と言って、その腰に下げた燧袋の中から一個の火打石を取り出して、
カチカチ打ち合わせて、僕の頭の上に火花を散らした。
「はて、妙な事をなさる。何事ですか?」
と尋ねると、忠兵衛君は至極真面目な顔で、
「どうか君の目的を遂げさせたいが為、悪魔祓いをして君の体を清めてあげるのだ。」
と言われた。

こう言われて、僕は一種異様な感じを受けたのです。
火打石をカチカチ打ち合わせて、僕の頭の上に火花を散らし、
それで悪魔が祓えて、僕の体が清まるかどうだかは分からぬが、
こうまで僕に同情を寄せてくれる人が居るのかと思うと、
僕は何が何でも自分の目的を遂げねばならぬと、いよいよ決心を固めたのです。



老人の忠兵衛君等には福井屋店頭で別れたが、
清次郎君と、もう一人の店員とは船まで送って来てくれた。
丹波丸はなかなか大きな船で、見上げる煙突からはドンドン黒煙を吐いている。

やがて出発30分前を報せるドラがジャカジャカと鳴り出し、
見送り人は船を離れなければならない事を告げた。
清次郎君は僕を甲板上の一方に呼び、いつもとは違う何だか心細い声で、
「中村君、別れたくないね。
 だが仕方ない、どうか体を大事にして、その目的を遂げて下さい。
 万一旅行中に、病気やその他事故で進退窮まり、
 多少の金を要する場合は、いつでも遠慮無く僕に打電してくれ。
 僕は必ずそのピンチを解決する為努力するから。」

と、心をこめて言われた。



僕はその友情の厚さに、深く感謝の意を表すると共に、
清次郎君の、別れを惜しむ顔を見、心細そうな声を聞いて、
我ながら不思議な程悲しくなり、思わず一滴の涙をこぼしたのです。

清次郎君も僕も、そんな気の弱い人間では無い。
なのに、こんな変な気になったのは何故だろう?
これぞ虫の知らせと言う物だったのかもしれなかった。
嗚呼、この時丹波丸甲板上で生別、併せて死別を兼ねる様になろうとは・・・。



僕はその後一年半の間、全く本国の消息に接せず、
ようやく冒険旅行を終え日本へ帰ってみると、清次郎君は彼岸へ行ってしまい、
もはやその快活な姿を見る事の出来ぬ人となっていた。

僕は初めてその悲報を耳にした時、丹波丸の甲板上で別れた時の事を思い出し、
数日の間、妙に涙がこぼれて堪らない気持ちでした。

しかし、それは後日の話で、この時は勿論そんな悲しい事になろうとは夢にも知らず、
清次郎君は最後の握手をし、一人の店員を引き連れて甲板を降りて行きます。
僕は階段を下りる彼の後姿を、夢の如く見送った。



清次郎君は桟橋に立って此方を見上げた。
僕は甲板の手すりにもたれて彼方を見下ろした。
やがて艫綱は解かれ、船はボーッボーッと獅子の吠える様な汽笛を鳴らしつつ、
静かに静かに桟橋を離れた。

互いに挙げる帽子は別れの合図、
振り回すハンカチーフも次第次第に遠く離れ、
またもやボーッボーッと悲壮な汽笛は鳴った。



この悲壮なる汽笛の響きと、モクモク立ち上がる黒煙とを後に残して、
汽船 丹波丸は次第次第に速力を早め、
振り返って見る横浜の市街も、いつしか視界の向こうに消えてしまい、
右舷に見えるは伊豆半島、左舷に見えるは煙吐き出す大島の山。

音に聞こえた遠州灘の大波を、船首が砕き進む夜は、
船酔いする者、数知れず。しかし僕は平気でした。

その後、潮岬を廻り、紀伊海峡、瀬戸内海を経て、
2月27日下関に到着し、翌28日に同港を出発して上海に向かう。



既に下関を出てしまった事で、日本の港とはこれでお別れである。
嗚呼、僕は無事にその目的を遂げて、
再び此処へ帰って来る事が出来るものやら出来ぬものやら。
運命が拙いものであれば、これが本国の見納めか、と思うと、
なんだかあまり良い気持ちでは無く、船の進むにつれて段々遠くなる九州の山や、
対馬の空に浮かぶ雲を見送って、いつまでも甲板に立っておりました。



正直に言いますと、船の最下等はあまり良い物ではない。
以前に「最下等でも結構過ぎる」と言ったのは、
船に乗れずにマゴマゴしているよりは、乗れるだけ結構過ぎると言う意味で、
実際の所、船の最下等は、終身懲役の押し込められる牢屋よりもっと酷い。

船の底の方にあって、空気も光も充分には通らず、
なんとも形容し難い悪臭は鼻をつき、
身動きも出来ない程狭い場所に蚕棚の如く吊られたズックの寝台は、
寝台というのは名前だけで、馬草を干す荒ムシロを並べたのと然程変わらず、
その上に青い顔をして、イモムシの様に横たわっている姿は見ていられない。

そんな臭い汚い船の底に閉じ籠って居ては、少し船が揺れ出すと、
大概の人はゲロを吐きます、唸ります。
ゲロを吐いたり唸ったりしては、天下の英雄形無しだと思うので、
僕は始終甲板上に出て居ったのです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

続く。
by kaleidocycle | 2010-12-13 23:57 | 暇潰し読み物
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