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暇潰し連載 「中村春吉 自転車世界無銭旅行 その26」

暇潰し連載 「中村春吉 自転車世界無銭旅行 その26」_c0189724_21194548.jpg

本日、2011年最初の塗装が仕上がりました。

年末にオーダー頂いたメロウさん、
色は日産エクストレイル純正色の、
「ヒマラヤンカーキ」という色。

ミドリがかったガンメタ、って所でしょうか、
渋い、微妙な良い色ですな。


しかし、ヒマラヤのカーキって・・・何だろうか?

その答は、110年前の春吉が知っているのかもしれません。


(26)日中の角燈(狼の巣窟)





カルカッタ市を後にして、ブッダガヤに達するまでの間には、
かなり繁華な都もあり、寂れた小部落もあり、
道の平らな所もあれば、非常に険悪な所もあり、
千変万化の目に出会いましたが、前途を急ぐからあまり普通の事は申しますまい。

4月2日、ボードワンという地方に到り、大木の下で野宿を試み、
翌日ラジャバンドに向かう途中、名も知れぬ高山の麓で一夜を明かしましたが、
深夜遅くに、奇妙な鳥の様な鳴き声を聞きました。
ヒー、ヒー、と言う細い寂しい声は、なんだか女の泣いてる様であり、
少し気味が悪かったのです。


4月4日、カツラガハー(桂川?)と呼ぶ小さな部落に着きました。
この辺にはボツボツ土人の小屋が見え、中には美味い物を拵えている家もある様だ。
僕は前日・前々日と二晩野宿して、梅干をしゃぶり、蒸し飯で腹を満たしただけなので、
・・・少々美味い物を食べたく無くも無い。

となれば、一晩くらい土人小屋に宿泊して、その様子を見るのも面白かろう、
と思ったから、4,5軒回って宿泊を請うたが、
例の宗教上の迷信で、外国から来た僕を穢れた者だと言い、泊めてくれる家は一軒も無い。
僕の財布には余計な金がある訳では無いが、
「少々なら出すから」と言ってもどうしても泊められぬ、と言い、
「それなら物を売ってくれ」と言っても、売る事すら出来ぬと手を振るばかり。



僕は腹が立ったから、それなら結構!とその部落を通り抜け、
ある深林のほとりに天幕を張りましたが、この夜、初めて狼の遠吠えを聞いたのです。

しかし、その遠吠えは相当遠くの谷間から聞こえて来るので、
狼そのものは、まだ此方までは来ないだろうから心配無い、
丁度その時、遥か彼方の険峻な峰に、残月青く現れ、青く下界を照らし、
その光景がなんとも言えず物凄いので、僕は思わず、

狼の遠吠え凄し峰の月

と、柄にも無い俳句を一つ詠んで寝込んだのですが、
幸い狼の餌食になる事無く目が覚めた。



そこで天幕をたたみ、再び自転車に跨って旅行を続けましたが、
この辺一帯は、彼の有名なヒマラヤ山脈の麓にて、
世間では熱帯国としか思われていないインドとは言え、
その寒い事は限り無く、万年雪を頂く25,000フィートの高山の頂から、
ピューピューと吹き降ろす寒風は肌を突き破りそうで、
時々みぞれまじりの雨がパラパラ降ってくる。

僕はびしょ濡れになって、この山脈の麓を通り抜ける間中、軽快なカアキ服一枚では、
寒くて寒くて堪らん、軽快どころでは無く凍え死にそうだ。



ただ寒いだけなら辛抱もするが、この辺は狼の巣窟とも言うべき場所で、
すぐそこの谷間や、向こうの森陰から、10頭、20頭と群れをなして屡現れ、
隙を見て飛び掛って来ようとするので、僕は中々油断していられない。

勿論、日中であれば狼などに負ける訳無く、自転車飛び降り闘うのは簡単だが、それも面倒臭い。
そこで僕は、日中にも拘らず自転車の前後左右に角燈(ランプ)を点し、
また、用意して来た赤旗・白旗を立て、日本の国旗も翻し、
腰に下げたラッパを手に持ち、絶えずブーブー吹き鳴らし、
自転車のベルをリンリンと響かせて突き進むと、
さすがの狼共も不思議に思ったのでしょう、角燈の光と翻る旗の色とを恐れ、
鳴り渡るラッパの音と、ベルの響きに驚き、
思い切って飛び掛って来る程の猛烈な勢いは見せない。

この時の経験によると、白い旗は猛獣に対して何の効果も為さないが、
赤い旗は、彼等をとても驚かす物だという事を知りました。
特に、日の丸の国旗は天下に敵無し
知恵の無い猛獣といえども、それに向かって無闇に飛び掛る事は出来なかったろう。



大体、野蛮国を旅行するのに、何でもかんでも猛獣を恐れるのは愚の骨頂である。
猛獣も、巧みに追い払いつつ進んで行けば、大して恐れる程でも無いものだ。
中でも獅子や虎、いや特に百獣の王と呼ばれている獅子は、
時に無限の猛威を奮う反面、元々の性質としては鷹揚なもので、
非常なる空腹を感じている時、若しくは子供を連れている時以外は、
好んで人間に危害を加えるものでは無い。

それが常に人間に害する様に言われるのは、
人間は万物の長として相当の知恵を備えておりながら、
あらかじめ用心すべき所を用心しないが為に、自ら災いを招くのだ。

獅子と人間が不意に出くわすと、此方も驚くが、彼方も驚く、
人間の目つきは、獅子にとっては余程気味悪く見えるのだろう、
グズグズしているとどんな危害を受けるやも知れぬ、と思うので、
いきなり飛び掛って人間を噛み倒すのだ。

なので、獅子の如き猛獣の災いを防ぐには、あらかじめ人間が来た事を知らせ、
彼等が深林に姿を隠す余裕を与えるのが一番なのである。



それで僕は、野蛮国を旅行中、この辺には猛獣が居そうだなと思うと、
ラッパをブーブー吹き立て、ベルをリンリンと鳴らしながら進んで行く。
すると、獅子や虎の類は気を利かせてサッと姿を隠すのでしょう、
あまりそれ等の猛獣にはお目に掛かりませんでした。
ただ、狼をいう奴はイケナイ奴です。
角燈の光や旗の色を恐れ、ラッパやベルの音を気味悪く思いながらも、
その音を聞いて逆に現れ、何処までもしぶとくついて来ます。

これを人間に例えると、狼は高利貸しの様な奴です、
追っ払っても追っ払ってもやって来る。
ただし、高利貸しは金を貪りに来るだけだが、
狼は命を取りに来るのだから、いよいよ油断ならない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

続く。
by kaleidocycle | 2011-01-19 21:25 | 暇潰し読み物
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空井戸サイクル

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