井戸端監視カメラ



暇潰し連載 「中村春吉 自転車世界無銭旅行 その19」

(19)日本人の面汚し(下婢盗人下女泥棒





するとこの外国人紳士はチョッと立ち止まり、ジロリと僕の顔を見た。
紳士だけにいきなりブン殴る様な無法な事こそしなかったが、
この紳士、僕の方を見ただけで相手にする事もせず、
「Get out、Get out!」と両手を振って、そのまま門内に入ろうとするので、
これは可笑しいと、僕はその前に立ち塞がり、
「チョッとお待ち下さい、立ち去れと言うなら立ち去りもしますが、
 この街はキチガイ街なのですか?」

と言うと、紳士は怪訝な顔をして立ち止まり、
「アナタ、何ヲイウノデス?」
と、問い返すので、僕はしめた!とばかり声を張り上げ、
「何もクソも!それはカクカクシカジカ・・・」
と、僕は言葉短く、自分は自転車世界一周の目的を抱く日本の旅行家だが、
この地に来たものの無銭の為、正当な労働をして多少の船賃を作ろうと、
奉公口を求めてすでに3,4軒西洋人の家を廻ったが、
何処でも雇ってくれないばかりか、失礼千万にも頭から水をぶっ掛ける、
殴る、突き飛ばす、いやはや驚いた次第。
一体これは何故ですか?初対面の人にそんな無礼を働くのが洋人達の作法で御座るか?
と、意見を唱えると、この紳士は如何にも意外だ、という顔つきで、
「アア、ソウデスカ。ソウスルト、アナタハ近頃コノ地ニ来タバカリデ、
 マダコノ地ノ事情ヲ御存知無イノダ。
 何モ初対面ノ人ニ無礼ヲ働クノガ、西洋人ノ作法トイウ訳デハ無イ。
 多クノ西洋人モ、アナタガソノ様ナ冒険家デアル事ヲ知ッタラ、
 キット丁寧ニ応対スルノデショウガ、
 何ト言ッテモ、コノ地ノ西洋人ノ間デハ、日本人ハ酷ク嫌ワレテイマス。」




「そりゃどういう事ですかっ!」と僕は真面目になった。
外国人紳士は、さも気の毒そうな顔をして、
「ソレハ他デモアリマセン、コノシンガポールニハ、ズイブン沢山ノ日本人ガ入リ込ンデ居ルガ、
 ソノ中デ多少ノ信用ガ有ルノハ、正金銀行、三井物産会社ノ人々ト、
 他ニ指ヲ折ッテ数エル程シカ居マセン。ソノ他ノ日本人ハ皆不信用デス。
 随分醜イ仕事ヲシマス、悪事ヲ働キマス、コソコソ泥棒ヲシタリ、
 強請ヲシタリ、主人ノ金品ヲ持チ出シタリ、
 ソシテ何ヨリ我々西洋人ヲ困ラセルノハ、我々ガ雇ッテイル、日本ノ下女ヲ盗ミ出ス事デス。」


「日本の下女を盗むとは・・・?」

「ソレハコウナンデス、日本ノ下女ハナカナカヨク働クカラ、
 我々西洋人ノ家デハ好ンデ日本ノ女ヲ下女ニ雇イマス。
 スルト、何処カラ探リ出スノカ、日本ノ悪イ男ガ、
 雇ワレタイトカ何トカ口実ヲ設ケ、ソノ家ニ入リ込ミ、
 上手ク女ヲ騙シテ盗ミ出スノデス。」


「盗んで如何する?」

「遊女街ニ売ルノデス、売春婦ニスルノデス。」

「そんな馬鹿な事があるか!嘘を言うな!」
と、僕は怒鳴りました。

「嘘デハアリマセン、実際ニアルノデス。日本人ノゴロツキ男、皆悪イ事ヲシマス。
 現ニ、先日モアノ赤イ家デ・・・」

と、さっき僕の頭をブン殴った、酷い女洋人の住んでいる家を指して、
「アノ家ノオカミサン、以前日本ニ居テ、日本カラ一人ノ下女ヲ連レテ来マシタ。
 大層良イ女デ、ヨク働クカラ、オカミサン気ニ入ッテイタ所、
 先日、日本人ノ男・・・ソウ、アナタノ様ニ色ノ黒イ男ガ現レ、
 雇ッテクレ雇ッテクレト、イクラ断ッテモキカズ、
 ソノ家ニ這入リ込ンデイル内ニ、ヤガテ正直ナ下女ヲ騙シテ盗ミ出シマシタ。
 スルト、オカミサンハ真ッ赤ニナッテ怒ッタ、
 ソシテオカミサン一人デ遊女街ノ辺ヲ歩イテイルト、
 以前ノ良イ下女ハ、モウ悪イ人ニナッテイテ、顔ニベタベタ白イ粉ヲツケ、
 化物ノ様ナ売春婦トナッテイルノヲ見タノデ、
 西洋ノオカミサンハ更ニ腹ヲ立テ、悔シガリ、
 今後素性ノシレナイ日本人ノ男ガ来タラ酷イ目ニ遭ワセテヤル!ト、リキンデ居リマシタ。
 アナタガ酷イ目ニ遭ッタノハ、ソノ為デス。アナタハ下女ヲ盗ム奴ト間違ワレタノデス。
 ソシテ、ソノオカミサンノ発案デ、コノ辺ノ西洋人ノ家デハ、
 今後、当分日本人ノ男ハ雇ワナイ事ニ決メ、胡散臭イ日本人ノ男ガ来タラ、
 酷イ目ニ遭ワセテ追イ払ウ事ヲ約束シテアリマスカラ、
 アナタハ何処ニ行ッテモ、ソウソウ奉公口ヲ見付ケル事ハ出来マスマイ。
 カツ、アナタノ様ナ目的ヲ抱ク人ハ、コンナ土地デグズグズシテイルノハ不利益デス、
 労働船客ニデモ何デモナッテ、早ク目的ノ方角ヘ向カウ方ガ得策デス。」

と言って、外国人紳士はサヨウナラと門内に入って行ってしまった。



残された僕は、あまりの事に呆れ返り、呆然と暫く立っていました。
外国人紳士の説明を聞いて、僕は全てに納得がいったが、
それと同時に、僕は心の中で泣いたのです。

これは笑い事では無い!日本帝国の栄辱に関する問題である!
嗚呼、我が同胞の中には、何故この様な不届きな人間が居るのか。
本国に居て恥をかき足りず、この外国に来てまで日本の名誉を傷付ける、
そんな奴は首でもくくって死んで仕舞った方がましだ!
首をくくるのが嫌なら、この中村春吉が殺してやる!

この地に、日本帝国領事館があるのは何の為だ?
日本政府は何故この様な無頼漢を厳重に処罰しない?
ただ帝国の名誉を傷付けるだけではなく、人道問題から言えば、
彼等は我が同胞の罪無き可憐な女子等を、
罪悪の淵に沈めて溺れさす悪人共だ!

見つけ次第、僕なら容赦せぬ!と憤り、嘆いてみたが、
一人嘆いたとてどうなる物でもない。
また、いつまでも此処にボンヤリ立っていたからといって、
雇いに来てくれる人が居る訳でも無いから、
僕は自転車を引き摺って、またブラブラ歩き出した。



しかし僕は、今の外国紳士の説明を聞いて、
もう西洋人の家なんかに奉公する事は嫌になった。
100万両貰えるとしても、誰がそんな家に行くものか!(逆ギレ)
ならば如何するか?如何なる方法でラングーンに向かうか?
それはどうにかなるだろう、運は天まかせ、ぼた餅は棚にある、
なる様になるのが人間の運命だ。

彼の外国紳士の勧めた様に、労働船客になってラングーンへ向かう方法を立ててもよし、
さもなくば、僕は2,3つ手品を知っているから、大道芸人となり大風呂敷広げ、
手品を使って多少の旅費を作っても良い。
少しばかりの金を儲ける工夫は幾らでもある。



何も慌てるには及ばぬ、とその内に日は暮れ、市街一面に灯火が輝き出したので、
明日になったらまた妙案が浮かぶかもしれない、まずは何処かで一晩を明かさねば、
と思ったが、財布の中はご存知の通り、とても宿に泊まる訳にはいかない。
さりとて、往来の真ん中に天幕を張って野宿する訳にも行かないから、
何処かで寺社仏閣でも見つけ、その軒下で眠るもよし、
如何し様も無ければ、警察署に飛び込んで、一晩ご厄介になるも一興、
と、灯火の輝く街をブラブラ歩いて行くと、彼方に一つの橋が見える。

そこは日本で言う所の、東京日本橋の様な所で、極めて繁華な場所です。
その橋の上を沢山の人が絶え間無く往来している。
僕はそこに近付いて見ると、橋の下は日本橋の様な泥川ではなく、
清い水が滔々と流れ、また橋のすぐ下には大石小石の河原の間に、
白い綺麗な砂の乾いている場所が見える。



それを見て僕は、しめた!と叫んだ。
あそここそ今宵の極楽だ。
人に見付かっては面倒なので、僕はこっそりその河原に降り立ち、
橋の下だから天幕を張る必要も無く、白い綺麗な砂の上へムシロを敷き、
そこで一夜を明かす事になりました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

続く。
by kaleidocycle | 2011-01-05 17:41 | 暇潰し読み物
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